ひどく驚いた。
闘病しているのは知っていたけれど、亡くなるとは思ってもみなかった。
時折Facebookに病院の風景を書き込みされていた。病の時期が重なっていたから、ぼくも病院にいた。立場的にそれができる佐久間さんをうらやましく思った。
でも、あれを書くのは相当つらかったんだろう。
そう知ったのは現在も公開され続けているかれのブログを読んだからだ。
痛い、と書いてあった。
自分は「起きていられない」は何度か体験したけれど、「痛い」は経験していない。
その意志の強さを思った。
最後に見たのは、たぶん2~3年前の早川義夫のコンサートだろう。
30人ぐらいのお客の列にまじって、体育座りで観た。
浮沈する義夫さんの歌に合わせて、足もとに並んだ種々のエフェクタを踏む姿が印象的だった。
この人はなんでこんなことやってんのかな、と思った。
その経歴だけを考えるならば、早川義夫のバックなんてやらなくたっていい。
もっと大きな、きらびやかな舞台があるはずだ。
でも、ステージに立つときは常に早川と一緒、すくない客の前だった。
それが「意志」の行為であることに気づいたのは、かれが亡くなった後だ。
いや、正確には、気づいていながら認められなかったのかもしれない。
いずれにしても、こんなふうに別れが、死が訪れるとは思わなかった。
佐久間正英氏死去 BOOWY、GLAYをプロデュース
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